球聖ボビージョーンズとゴルフマスターズとオーガスタナショナルゴルフクラブ

球聖ボビージョーンズとゴルフマスターズとオーガスタナショナルクラブの関係ですが、すべてボビージョーンズが行った仕事です。

彼が関係しないとオーガスタもマスターズトーナメントも完結しなかったでしょう。

年間のグランドスラム達成後にアマチュア競技人生に終止符を打った後にゴルフ界に貢献した仕事の集大成と言って良いでしょう。

ゴルフ マスターズの開催コースで有名なオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブの場所はアメリカのジョージア州オーガスタに位置しています。

ズバリ・・ボビージョーンズがアマチュア競技人生を終えた後に自身が設計したコースになります。(正確にはアリスターマッケンジーとの共作)

他ページで紹介しましたが、ゴルフメジャー4大大会のタイトルすべてに勝利することを

「グランドスラム」

といいますが、それを達成したただ一人のゴルファーが

「ボビー・ジョーンズ」 です。

しかもアマチュアですからまたすごいことですね。。

ボビージョーンズの動画もユーチューブで多数見ることができますし、またこういったボビー・ジョーンズの映画もあります。

「ボビー・ジョーンズ ~球聖とよばれた男~」

よろしければごらんください。

当時のグランドスラムという意味でのメジャー4大大会、4大タイトルというのは

全英アマ、全英オープン、全米オープン、全米アマ

のことを言っていたようです。

これを達成したのは1930年、28歳の時だといいますから、日本の年号で言えば昭和5年のこと。

当時の日本の文化や経済や庶民の暮らし向きから考えたら、こういう遊びの世界があってしかもそれはすばらしく名誉なことだったなんて想像もつかないことで驚きました。

しかもゴルフがアメリカやイギリスでは国民的な人気のスポーツであるということも驚きです。

歴史を感じた次第です。

 

グランドスラムという言葉はボビー・ジョーンズが最初

今でこそいろんな世界で(特にスポーツ界で)グランドスラムという言葉が普通に使われていますが、実はこのグランドスラムという言葉が初めて使われたのはこの

「ボビー・ジョーンズ」

が初めてだそうですから、また驚きです。

しかもこのグランドスラムを達成した7週間後に突然の現役の競技生活からの引退を発表したというからまた、そのポリシーはどこにあったのかなあ・・と考えてしまいました。

アマですから食うためには働かなくてはいけないですからなのかもしれないですが、その決断ってすごいことですね。

その後正業は弁護士の仕事を行っていくことになります。

 

オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブとマスターズトーナメント

しかし・・・その弁護士業務の傍らでやはりゴルフに関する仕事も、しかも大きな仕事をやってのけることになります。

「オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブ」

の設計にゴルフコース設計家アリスター・マッケンジーと参加してそのコースを完成させることに。

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そしてそのコースで

「マスターズ・トーナメント」

を開催していくことになるのです。

初回の開催は1934年といいますからボビー・ジョーンズが引退してから僅か4年後のことです。

初回の優勝者はホートン・スミスという方です。

ゴルフの4大メジャーでマスターズ以外は毎年開催コースが変更になります・

このマスターズトーナメントはオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブがこのメジャー大会自体を主催しています。

したがって入場料収入もすべて管理することになるようです。

これ結構高額です。

他の3大会についていえば全英オープンはイギリスのゴルフ競技団体R&Aが主催。

全米オープンは全米ゴルフ協会

全米プロゴルフ選手権はPGA全米プロゴルフ協会が主催しています。

同じゴルフの4大メジャーでも各主催が違うシステムになってます。

ボクシングで言えばいろんなやはり団体があるようですが、WBA WBC とかそれと同じようなことなのかな?たぶん。

いずれいまやマスターズトーナメントはゴルフのメジャーでも最も華やかなメジャートーナメントで、ゴルフの祭典です。

優勝賞金もものすごく高額です。

ゴルフのマスターズでの日本人最高位は4位です。

2001年の井沢利光と2009年の片山晋呉選手が記録しました。

また2011年の松山英樹はベストローアマに日本人で始めて選出されています。

今年の松山英樹はマスターズは5位でした。期待ですね。

マスターズトーナメント・オーガスタのことは名勝負までここで完結

マスターズの歴史から名勝負編までの紹介です。

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