アラン・ロバートソンはゴルフの歴史でプロゴルファー第一号である。

アラン・ロバートソンは、ゴルフの歴史でプロゴルファー第一号といわれる、ボール職人の方です。

セントアンドリュースで、初めて80を切った79のスコアで有名です。
これを破ったのはトムモリスジュニアの77。

コースの設計でも手腕を発揮。
セントアンドリュースの一部変更や、カーヌスティの設計にも尽力!

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今では普通にゴルフトーナメントが毎週末に行われています。
勿論出場しているのはプロゴルファーと、一部予選会を勝ち上がったりスポンサー推薦を受けるアマが混在しますが、基本プロゴルファーの世界です。

職業としてプロゴルファーが存在したのは、これはかなり前のことですが、しかしプロゴルファー第一号って一体誰で、いつのことなんでしょうか?

その方は歴史上はじめて80を切ったプレーヤーとしても有名な方です。
その79というスコアはアウト40イン39でコースはセントアンドリュース。

その方の名は

「アラン・ロバートソン」

という方です。

alan
(出典元:https://www.thegolfballfactory.com/the-golf-course/より引用)

アランロバートソンの元々の仕事は?

この方は元々がゴルフボールを作る職人の方です。
当時のゴルフボールはフェザーボールというボールが主流になっていました。

このボールは丸く削った木製のつげのボールにとってかわったボールで、ひょうたん型に切った牛革に羽毛を濡らしてぎゅうぎゅう詰めにした牛革のボールのことです。

飛ばし屋なら200ヤードほど飛んだそうです。

ロバートソンはこのフェザーボール職人で、そこに14歳の時にトムモリスシニアが奉公に入っていきます。

ローバートソン家は代々がこのボールを作ってきた職人の家系でした。

ただしこのボールの難点は一日に3~4個程度しかできないことです。
ものすごく手間がかかったようです。

そして手間がかかれば当然高価になるわけです。
当時はこのボール一個が手作りクラブ一本と同等だったといいますからすごい時代ですね。

ロバートソンはこの当代きってのボール職人である傍らに、ゴルファーとしても超一級の腕前の持ち主!

多数残るマッチプレーの試合記録でも負けたことが一度もないそうです。
あだ名が

「不敗の名手」

だったそうです。
そしてキャディーとしても働いていたそうです。

そしてクラブの会員に依頼されれば謝礼をいただいて、ゴルフの師難もしていたといいます。

そして懸賞金のかかったマッチプレーにも多数参加していて、そのためにゴルフの歴史家によると彼をして

「プロゴルファー第一号」

というのが通説ということのようですね。
そしてここに奉公に来ていたのが近代ゴルフの父といわれる

「トムモリスシニア」

だったわけです。

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アランロバートソンが育った時代背景は?

1800年代のゴルフを楽しむ階級といえば裕福な貴族階級が多かったといいます。

それとやはりボールやクラブを作ったりの、ゴルフ職人の方たちです。

そう言った用具を作る職人の中に彼、アランロバートソンがいたわけです。

彼は生まれは1815年といいますから今から200年ほど前になります。
ゴルフボール職人をしながらセントアンドリュースで自然とゴルフを覚えていったようです。

お父さんはそのセントアンドリュースで有名なキャディーさんだったこともあって、 自然と聖地でゴルフに親しむ環境になっていったようです。

当時はヒッコリーシャフトとこの革巻きのボールで初めてセントアンドリュースで80を切った79のスコアを出したことで有名になりました。

この時の80を切った数字を記した紙がスコアカードの始まりと言われているようです。

くしくもそれを破ったのが方向に来ていたトムモリスシニアの息子の

「トムモリスジュニア」

で77でした。

アランロバートソンはコース設計にも長けていてセントアンドリュースの一部改造や、あの悲劇で有名なカーヌスティの設計にも参加しているようですね。

とはいっても当時のプロというのはキャディーやコースの管理やゴルフ道具の作り方など、ゴルフに精通していないと務まらなかったようです。

アランロバートソンは残念ながら全英オープンには参戦できずにその前年の1859年に没しています。

が・・しかしその全英オープンは1860年開催の第一回はこのアランロバートソンの追悼大会として開催されたということのようです。

第一回大会はプロのみで8名だったようです。
2回目開催の時に名前を

“The Open Championship”

と命名したのですが、第一回目はアランの追悼大会だったのですが、それを第一回のオープンにしようということで命名が後付けだったようです。

アランロバートソンは一度も負けたことがないという記述ですが、どうやら別の文献によるとトムモリスシニアには2度戦って2度とも負けているとあるようです。

う~~ん

どっちが本当なんでしょうか?

まあどちらも本当ということで・・・

しかしまあ一大文化となったゴルフですが、何とも壮絶な歴史ですね。
ゴルフ文化を調べていくとどうしてもこのスコットランドに行くことは間違いがありません。

このリンクスのコースには1850年代はコースが24という記録があるようですが、驚くことに1900年には1200以上出来ていたそうです。

50年で1200も増えるなんてなんという文化なんでしょうか?

その一ページを飾ったゴルフ界での最初のプロゴルファー

「アランロバートソン」

に敬意を表します!

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