ジーン・サラゼンのオーガスタのダブルイーグルとサンドウェッジの発明は有名

ジーン・サラゼンのオーガスタのダブルイーグルとサンドウェッジの発明は有名です。

特にサンドウェッジのバンスは完全に彼の発明。

それとオーガスタにかかるサラゼンブリッジと、キャリアグランドスラム初の達成者としても偉大なゴルファーです。

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ジーンサラゼンはアメリカニューヨーク州出身のプロゴルファーで、ゴルフを少しでもかじったことのある方なら、ほとんどの方はこのジーン・サラゼンという名前は聞いたことがあると思います。

sarazen

偉大なジーンサラゼンのプロフィールをまとめてみます。

生年月日:1902年2月27日
没年月日:1999年5月13日(満97歳没)
出身地 :アメリカ・ニューヨーク州ハリソン
利き手 :右
優勝回数
メジャー:7勝
米国男子:39勝
世界ゴルフ殿堂:殿堂表彰者
選出年1974年

メジャー大会7勝はアーノルドパーマーと並んで歴代7位タイです。

主な活躍年は1920年代から1930年代で上記の勝利数を上げた実績は偉大です。
そして史上初のキャリアグランドスラムを達成したことでも有名です。

1974年にゴルフの殿堂が設定された時点で直ちに殿堂入りを果たしています。

ジーンサラゼンの功績での特に大きな話題といえば

1 サンドウェッジの発明
2 1935年マスターズでのダブルイーグル(アルバトロス)での大逆転優勝
3 プログルファーでの初のグランドスラム達成者

この二つがあげられると思います。

ジーンサラゼンがもたらしたサンドツールのサンドウェッジ

サラゼンが活躍した時代にはサンドウェッジというのがなかったのですね。
何に支障が出たかというとあのセントアンドリュースに代表される全英オープンのバンカーです。

そのバンカーに入るともう1ペナは確定したも同然の仕儀に至るわけです。
そこでこのバンカーから安全に脱出して、しかもあわよくばベタピンに寄せてオーケーパーを取る方法はないか?

そう考えたかどうかは別ですが、多分きっかけは全英のバンカー攻略ということのようですから、こう考えたと思います。

ジーン・サラゼンが開発したサンドウェッジの特徴は今のような大きな

「バンス」

最初のウォルター・ヘーゲンのサンドウェッジにはこれがなかった。

このバンスがものを言ったサンドウェッジはその後にゴルファーのクラブにはなくてはならない必需品になりました。

1935年のダブルイーグルを記念したサラゼンブリッジ

1935年のマスターズ第二回大会は15番ロングホールのティーショットを打った時点ではトップと3打差。

235ヤードの第二打を4ウッドで打ったボールは、見事にカップに吸い込まれてカップイン!

ここでトップに並んで翌日のプレーオフを制してマスターズで優勝。
そこにその功績を記念して

「サラゼンブリッジ」

を15番に建設したのでした。

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マスターズ大会の時はこの橋を渡る選手にはギャラリーから大きな拍手が送られることでも有名です。

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最初にプロで初めて達成したキャリアグランドスラム

それまでのグランドスラムというのは

1 全英オープン
2 全米オープン
3 全英アマチュアチャンピオン
4 全米アマチュアチャンピオン

これを年間で達成したのはボビージョーンズしかいません。
ジョーンズはこれを1930年に達成。
しかし問題は彼は生涯アマチュアだったということです。
ジョーンズが引退してマスターズを創設したことからこのグランドスラムの定義が変わったのです。

その3番と4番のアマチュアの大会がカットされて新たに

3 マスターズ選手権
4 全米プロ選手権

この2つが入れ勝ったのです。
そこでそのほかの3つで勝利していたサラゼンは、この1935年のマスターズ優勝でキャリアグランドスラムを初めて達成した選手になったのです。

ただし年間グランドスラムを達成するには、当時の日程上全英オープンと全米プロの日程がタイトであったことと、全米プロ選手権はマッチプレーであったために、移動の手段が困難な時代だったようです。

ベンホーガンは1953年にその年のメジャー3冠達成。
唯一取れなかったが全米プロ選手権。
しかしこの全米プロは全英の翌週。移動の手段がなかったということで断念。
しかもマッチプレーで連日の36ホール。

それ以前に事故で痛めた下半身がこのマッチプレーに耐えられるはずもなかったようです。

その後全米プロ選手権は1958年に今のようなストロークプレー方式に変更されましたし、移動を考慮した日程にもなりましたね。

当時はそれぞれの主催者が、それぞれにプライドを持っていて開催していたからそうなったんでしょうね。

いずれプロゴルファーで初めてのキャリアグランドスラムを達成したのは

「ジーン・サラゼン」

です。

ジーンサラゼンと日本の関係は?

1975年にジーン・サラゼンがコース設計を監修した

「ジュンクラシック・カントリークラブ」
(JUN所有)

jyun15

が栃木県那須郡小川町(現在の那珂川町)に設立され、1977年から彼の名前を冠した「ジーン・サラゼン・ジュンクラシック」が毎年日本のPGAツアーに組み込まれて開催されています。

サラゼンは毎年このジュンクラシックの主催者として来日していたことから日本でもな時になっていたと思います。

97歳までの天寿を全うしたジーンサラゼンは偉大なゴルファーである!

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