ジェームス・ブレードは近代ゴルフ3巨人の一人で全英オープン5回優勝

ジェームス・ブレードは近代ゴルフ3巨人の一人で一夜の奇跡で知られる、全英オープン5回優勝の記録を持ちます。

ハリーバードン、ジョン・ヘンリー・テイラーと並び称される近代ゴルフ界の達人です。

ゴルフの歴史で偉大な成績を収めたジェームスブレードは人生とゴルフを最も愛した人だと思います。

出身はスコットランドのアルスフェリーというところです。
1870年2月生まれです。

1870年といえばあのハリーバードンと生まれ年が同じです。
奇遇ですねえ・
そのあと数々の名勝負をこのハリーバードンと演じることになるのです。

家の家業は農家だったようです。
しかし19歳でアンドリュー・カーカルディに弟子入りしたということです。
24歳の時に全英オープンに出場。

1894年に全英オープン初出場
1901年 全英オープン初優勝
その後5回全英オープン優勝
(1901年、1905年、1906年、1908年、1910年)

初出場から、着実に実力をつけていったようですが、なぜ勝てなかったかというと圧倒的に飛距離が足りなかったようです。

186センチと体格的には恵まれていたほうなのですが、短すぎるシャフトに原因があったようです。

一夜の軌跡というそうですが・・・

ジェームス・ブレードの生い立ちとゴルフとの出会い

彼の生まれた村ではゴルフをやらないやつは変人といわれていたそうです。
本当ですかねえ・・ちょっとですが…そう書いてありますので。

スコットランドといえばゴルフが盛んなところですし、なんといってもゴルフ発祥の地ですし、「the open」が行われる聖地ですからねえ・

そうかもしれません。

ただし彼の父はその変人の一人でゴルフはやらなかったようです。
勿論生まれた1870年は今よりは人口も少ないですし、貧しかったので13歳の時から奉公に出て働き始めていました。

この仕事は忙しかったようで、当時の奉公仕事では日曜日にプレーすることは禁じられていたようです。

ということでせいぜい土曜日の午後にラウンドするしか手がなかったようですが、驚くことに16歳の時にはジェームス・ブレードはスクラッチプレーヤーだったといいますから驚きです。

19歳の時にセントアンドリュースに出稼ぎに行ったとあります。

この時にアンドリュー・カーカルディと出会ったのかもしれないですね。
そこでコースを見たのかどうかはわかりませんが、どんな印象をセントアンドリュースに持ったんでしょうか?

その後にエジンバラで働きながらゴルフに打ち込みます。
そして23歳の時にロンドンの百貨店にゴルフクラブ職人として就職したとあります。

その時にプロのゴルファーとなったようですね。

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一夜の奇跡とプロゴルファーとしての全英オープンの成績

1894年に全英オープンに初出場するのですが、初出場でいきなり10位になりました。
そののち出場はしたのですが1901年まで勝てませんでした。

その原因が前述した飛距離だったのです。
飛ばなかった・なんで??

それは彼の道具に対する哲学で短いドライバーを好んだからです。
ところがあることがきっかけでシャフトを長くしたのですが、そうしたら今度は当代一の飛ばし屋になったといいますから面白いものですね。

当時のクラブといえば、私もそのくらいは知ってますが、シャフトはヒッコリーでヘッドはパーシモンです。

がしかし・その接合部が問題で今のように完ぺきではなく、華奢にできていたためによくプレー中に折れたりしたそうです。

これは十分に考えられることですね。

当時のルールはクラブが折れると当時は1ペナだったそうです。

ある時にブレードはこのクラブを点検中にクラブを抱いたまま寝てしまったそうです。

そして朝、目が覚めてクラブを見てみたらシャフトが15センチも長くなっていたそうです。

ブレードは不思議に思いながらもそのクラブでボールを打ってみたそうな・
すると信じられないかの地までボールが飛んでいくではないか?
その信じられない飛距離にブレードは神に感謝したそうです。

しかも跪いて。

これにはエピソードがあってなかなかこの短いクラブにこだわり続けるブレードに、妻とブレードの友人のロバート・ホースブローが業を煮やして神の奇跡を演出したということのようです。

これだけ、周囲の人に愛されていたということなのでしょうね。

それと彼は目が悪かったようです。
その目が悪いことがパットの不調につながることがあったのですが、これも彼の独自の研究とパターの良い道具との出会いで克服したようです。

ほぼ完ぺきなゴルフで弱点がなくなったようなブレード!
全盛期を迎えるのはゴルフの3巨人の中で最も遅かったが、ライバル二人を置き去りにするほどの強さを発揮する時期があったのです。

1905年から1910年までの間の6年間で4度も全英オープンを制しています。
すごいですね。まさにぶっちぎりです。

しかも1908年のセントアンドリュースでは299スコア。
初めて300を切った選手です。

しかももっとすごいのは1899年から14年間すべて5位以内という成績を収めたといいますからこれもまた見事です。

安定感は群を抜いていたようです。

しかし残念ながら視力の低下と第一次世界大戦での中断が彼の全盛期を奪ってしまったようです。

しかし1927年の全英マッチプレーで57歳での決勝に進出という偉業も!
また78歳で74というエージシュートも記録しているようですからその安定感というのは衰えなかったような気がします。

ジェームスブレードのスイングとゴルフと人生について

彼のスイングですがこういっています。

「トップスウィングは小さくあれ。オーバースウィングでは上達しない。コンパクトに、もっとコンパクトに。」

ゴルフは人生そのものというたとえがありますが、ジェームズは日常生活でもゴルフでのコースでの所作も変わらなかったということです。

彼を眺めてる人は、淡々とプレーする彼の姿を見て本当にゴルフを楽しんでいるんだろうか?

日常生活においても日々の日課をまじめにただこなしていく彼の姿と、そのコース上の姿がラップしたそうです。

それと人の悪口や評判においても口にしたこと無かったといいますから、これは真似しようと思ってもなかなかできないことだと思います。

私なんぞは人の評判なんか気になって仕方がないほうです(笑

晩年のエピソードですが、彼の息子とプレーした時に時に彼は絶不調だったようです。

しかしそんな性格ですから言い訳なんかするわけもなし。
ただ息子との会話を楽しんだようです。

ただできれば父親としていいプレーを見せてあげたかったようです。
18ホール終わってからただの一言。

「今日は飛び切りのゴルフを見せてあげられなかったね」

彼の息子はのちにこの時を回想してゴルフというのはこうプレーするものだという手本を見せられたようだとコメントしています。

まさに人生そのものだと思いませんか?

ゴルフに何を求めるか?
ただ単にスコアを追い求める?

やはりそれは違うと思います。
これはやはりゴルフ界の3巨人というだけあって、大変に意味のある言葉だと思います。

ゴルフはプレーだけでなく、心も教えてくれるものだと思います。

皆さんはどう思いますか~

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