カーヌスティは全英オープン開催コース・バリーバーンで難易度がアップ!

カーヌスティ・ゴルフリンクスは全英オープン開催コースです。

コース内のバリーバーンによって難易度がアップしている、独特のスコットランドのリンクスコースです。

カーヌスティ・ゴルフリンクスにはカーヌスティの悲劇で知られる劇的なドラマと、ベンホーガンの功績を称えた「ホーガンの小道」もあります。

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カーヌスティ・ゴルフリンクスは、全英オープンの開催ローテーションコースで、これまでに全英オープンを7回開催している伝統あるコース。

オープンは1850年といいますから、全英オープンが始まる10年前ということになります。
ここの位置は聖地といわれるセントアンドリュースからは、車で約1時間ほどの距離のところに位置しています。

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(出典元:Todays Golfer)

スコットランドでのコースで多く見られる、リンクスコースであって、一説には通常はコースの中にバンカーとかハザードを作るが、ここは逆でバンカーやハザードの間にコースを造ったとも言われています!!

最大の特徴は

「バリー・バーン」

と呼ばれている小川が流れていて、それがコースの難しさを際立たせているようです。

カーヌスティ・ゴルフリンクスは、全英オープン開催コースの中では最も難易度が高いことでも知られます。

ゲーリープレーヤーは「世界で最も難しいコース」と言っています。

その難しさは世界では5本の指に入るといわれています。

そういうこのカーヌスティ・ゴルフリンクスですが、コースが荒れたことや観客の収容人数の不足などを理由に一時期全英オープンからは当座勝っていたのですが、1999年に1900年代の最後を記念して開催されました。

そしてあの

「カーヌスティの悲劇」

が生まれたのです。
カーヌスティの悲劇詳細は下記リンクで紹介しています。

全英オープンゴルフ名勝負・カーヌスティの悲劇は18番から始まる!

その結果この大会の模様が大成功を収めたことと、名勝負が繰り広げられたことによってまた全英オープンの舞台に戻ってきました。

2007年にも全英オープンが開催。
2010年には全英シニアオープン
2011年には全英女子オープン
そして毎年10月にはアルフレッド・ダンヒル・リンクス選手権が開催されています。

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カーヌスティ・ゴルフリンクスの名物ホールと由来

以下の2ホールが代表に上げられると思います。

悲劇を生んだ名物ホールの18番

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(出典元:https://www.carnoustiegolflinks.co.uk/)

名物といえるホールはなんと言っても18番です。
ここは499ヤードのパー4。

ホール愛称は「home」

このホールは左側がずっとOBゾーンになっていて、さらにバリーバーンがティーの右側からグリーンの手前に流れていて見るからにプレッシャーがかかるホールです。

6番ホールは“Hogan’s Alley(ホーガンの小道)”

このホーガンの小道の由来は1953年の全英オープンに始めて出場したベン・ホーガン。
ビッグベンはこのカーヌスティでの全米オープンに勝利します。

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(出典元:https://www.carnoustiegolflinks.co.uk/)

そのときの攻め方がすごかった。
左はグリーンまで一直線にOBゾーンが・・
フェアウェイ中央には大きなバンカーが控えています。

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そこで多くのプロがそのバンカーを避ける右側に打っていったのですが、なんとベンホーガンはそのOBゾーンとバンカーの間の狭い場所に、正確にティーショットを打っていったのです。

4日間同じ攻め方をしてこの年の全英オープンに優勝。

なぜその狭いところに打つ必要があったか?

実はその狭いところから見たグリーンに対するアングルが絶好だったから。
でもそれをできるプレーヤーしかできないコースなんですね・・ここは。

ベンホーガンはこの年には、マスターズトーナメント、全米オープン、そして全英オープンとメジャー3冠。
実はこの時点で確か翌週には全米プロが控えていたのですが、当時は移動が不可能のために断念。

もしかしたら全米プロに出場していたらそれこそボビージョーンズ以来の

「年間グランドスラム」

を達成していたかもしれません。(タラレバの世界ですが・・)

カーヌスティ・ゴルフリンクスはどれだけ難しい?

この難しさはどれだけ?といわれても私はやったことがないので正直わかりません。
しかしこんな大会があったので紹介します。

2007年の全英オープンの時のスコアを紹介します。

1 セルヒオ・ガルシアの初日のスコアが「89」
2 初日トップのロッド・パンプリングが二日目に「86」で予選落ち

このときの予選通過ラインがなんと12オーバーという信じられない数字です。

しかし優勝はパドレイグハリントンで7アンダー。
はまればはまるが打ち出したら止まらない!

そんなコースのようです。

それと上記のカーヌスティの悲劇といわれた199年大会の優勝スコアはなんと・・

「+6」

です。
ポールローリーがジャン・バンデベルデをプレーオフで破って優勝しました。

次回全英オープンの舞台となるのは

「2018年」

です。
悲劇が起きないことを祈ります。

全英オープン開催コースと名勝負とオープンの歴史の紹介のまとめ

全英オープンの歴史や名勝負編のまとめです。

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