転職の危機がひしひしと迫る40代後半はゴルフばっかやってられない!

転職の危機がひしひしと迫る40代後半は、ゴルフばっかやってられない時期だった。

この時期は私の人生の一大転機でした。
ゴルフというよりは人生を感じる時期で、精神的のも追い詰められていた、2度と戻りたくない時間です。

相談者は私の場合は皆無だったのは、私の人となりの成せる業なのかもしれません。

接待ゴルフやって仕事維持しながら厳しいながらもやってきた、サラリーマン生活もどうやら精神的な面で限界を迎えようとしていたのが40代の後半、切り上げると限りなく50歳に近い年代の時です。

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ビールの気が抜けたような人生

子供たちもそれぞれみんな社会人になって(3人娘)経済的にも一息ついた時期です。
なんかこの時期になったとたんに気が抜けて、空気が抜けた風船のようになってしまった感じでした。

気力がなくなってしまったんです。

仕事に身が入らなくなって、ゴルフも全く楽しくなくなった時期でもあります。
接待ゴルフがかなり苦痛になってきた時期でもあります。

自分の職業について真剣に考えた時期でもあります。
多分このまま今の生活というか、今の仕事を続けていたらアレイの縮まるかもしれないな。
そんな思いもありました。

仕事はいろいろ変わって、当時(最初)は管理職だったのですが、ある時期から機械や自動機の設計をやるようになっていたのですが、これが曲者でした。

まあこれが精神的にネックになったわけです。
この仕事はいうなれば顧客の希望によって無から有を生み出すことと大体似ています。

この要求されるスペックを満たす設計ができるか、または納期と価格を満たすことができるかがすごく大事。
最初は真剣こいてやっていたのですが、3年もやっていた時点でちょっと切れそうになったんですよね。

どうにも気持ちの糸がぷつんと切れて、糸が切れた凧のように大空のどことも言えないところに飛んでいきそうな気分になったのです。

俺ってうつになってしまったのか?

その時点で俺って鬱なのか?

そうも思ったのですが、自分でうつと思っている人間がうつなはずはないと言い聞かせて頑張ることに・・

でもまたその思いが数日の間でまたぞろ頭をもたげてきて・・この繰り返しでねえ・・

やっぱちょっとおかしかったのかもしれません・・今思えば。

思い切って社長にこの仕事おろしてくれと・・
それで異動でどこかに配置転換で給料半分にしてくれないかと懇願!

結果は却下!

仕事は何もしないでもいいから会社に籍置いていろ!

こういうことなのですが、まさか仕事しないでこれまでの年収をいただくのは本当の意味で給料泥棒でねえか?

そういう話し合いを数回持ったのだが、らちが明かないので会社を退職することにした。
最後は許可してくれなかったから社長のいない間に机の上に辞表を置いてそれっきりだった。

世話になったのだが・・後ろ髪をひかれる思いだったのだが、自分の健康と精神的なものでパニクッテいたのかもしれないなあ。

この間仙台の大学病院で同じ診療科でばったりと会ってしまった。
まあお互いあれから10年以上たってますから、何のわだかまりもなく挨拶して健康のはなしなんぞで盛り上がりましたが、まあ奇遇でした。

健康が一番です。

私の接待ゴルフもこの時点で完結したわけです。

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