ゴルフ マスターズの意味と命名したクリフォード・ロバーツの思惑!

クリフォード・ロバーツ、マスターズ命名と球聖ボビージョーンズとの関係はどうだったのでしょうか?

ボビージョーンズのゴルフの集大成ともいえるマスターズトーナメントの開催とメジャー大会としての認知!

オーガスタGCのコースの設計はアリスター・マッケンジー。

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クリフォード・ロバーツという方はマスターズトーナメントの開催には欠かすことのできない功績を残した方です

マスターズといえばボビージョーンズがクローズアップされますが、このクリフォード・ロバーツが居なければオーガスタGCもなかったかもしれません。

クリフォード・ロバーツとはどんな人なんでしょうか?

ではクリフォード・ロバーツとはどんな人なんでしょうか?

クリフォード・ロバーツと当時ウォール街でやり手の投資銀行役員だったようです。
商いは紳士服を売ったり、それで油田の開発に成功して投資家として当時はかなりの有名人になったとあります。

ボビージョーンズとの出会いは二人の共通の知人を介してとあります。
当時ボビー・ジョーンズは自身の理想のゴルフ場の建設に意欲を示していて、その計画を友人知人に話していたその輪の中にこの

「クリフォード・ロバーツ」がいたわけです。

私の推測ですが、いくら弁護士事務所といってもそんなに収入があるわけでもないでしょうから、ボビージョーンズはパトロンを探していたのだと思います。

要はスポンサーです。

そこで今のオーガスタのちにゴルフ場の土地を取得するために、5人が出資したようですね。
そのうちの一人がクリフォード・ロバーツです

そこでもちろん問題があるわけです。
出資者が5人いるわけですから、それぞれの協議していたのではまとまる話もまとまらないから、クリフォード・ロバーツに一任したらどうか?

そういう意見が出資者の一人のスポーツ記者のグラントラント・ライスが提案したということです。

その対象者がやはりお金と経営はクリフォード・ロバーツ。
コースの設計はボビージョーンズ。

この二人に一任してはどうかという提案でその提案を了承!

まあ今風に言えば、理事会で会長一任を取り付けたようなものですね。
勿論ボビージョーンズはゴルフの理想主義者でそんなめんどいことは苦手!

従って経営、運営という実験はどうしてもクリフォード・ロバーツが握ることになるのです。

勿論独裁ではなくボビージョーンズの顔も立てていたようですが、いろいろ問題もあったようです。

マスターズは順調にコースも仕上がって1934年に第一回大会を開催する運びに。
しかしながら第一回大会は

“Augusta National Invitation Tournament”

といわれて開催されたようです。
正式に「マスターズ」になったのは1939年大会からです。

当初このマスターズという呼称にはボビー・ジョーンズが猛反対していたのですが、クリフォード・ロバーツがこの名を推奨してマスコミにリーク!

最終的にマスターズと呼ばないのはボビージョーンズだけになってしまい、しぶしぶこのマスターズという呼び方をボビージョーンズが了承したという経緯があるようですね。

これを機に二人の仲はもう最悪の様相のようでした。
オーガスタの仲間、つまり理事(役員)という存在もクリフォード・ロバーツの仲間ばかりになっていったようです。

勿論ボビージョーンズは面白くない!

ということでボビージョーンズがなくなった時には葬儀にも呼ばれなかったそうです。

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クリフォード・ロバーツの功績について

色んなプレースタイルや、コースの大会運営などに今でも使われている内容が残っているようです。

1 選手がプレーを邪魔されないロープ

これはいまでは普通ですよね。
あのギャラリーと選手をわけるコース上のロープです。
このころからだったんですね。

2 正面観覧席

これは多分最終ホールの観覧席でしょう。
メジャー大会で最終ホールを上がってくるジャックにクラウスの帽子をふってギャラリーに応える、あの観覧席です。

3 テレビ中継

テレビ中継もここから?
だったのかもしれないですね。

4 スコアボードの掲示と色

今ではスコアボードは当然ですが、当時はなかったようですね。
選手はプレーしていてわからないので苦労したのでは?

そのリーダーズボードと画期的なのはアンダーは赤、オーバーは黒(?)と分けたのもここからのようです。

でもほとんどは受け売りだったようです。
でもこの方式を採用したのはクリフォード・ロバーツなのでこれはこれで画期的だったわけです。

クリフォード・ロバーツの最期

クリフォード・ロバーツの最後ですがとても悲しい結末です。
クリフォード・ロバーツはアイゼンハワー大統領に最も力を貸した人物です。
選挙運動の本部はオーガスタのクラブハウス内にありましたし、驚くことに大統領の執務室までクラブハウス内にあったといいますから驚きです。

アイゼンハワー大統領はここオーガスタから誕生したのです。

そして

「アイクスポイント」

といわれる場所があります。

オーガスタのパー3のハザードは、アイゼンハワー氏がクリフォード・ロバーツに頼んで作ってもらった釣堀で、そこでアイゼンハワー氏は釣り糸を垂れて釣りを楽しんだといわれているところです。

そのアイクスポイントでこれまでも功績やアイゼンハワー大統領の思いを胸に、ピストル自殺をしてあの世に行ってしまいます。

クリフォード・ロバーツはオーガスタ、マスターズの独裁者と言われているようですが、本当でしょうか?

ある程度強権を持たないと何事も物事は進まないもの!

いまのマスターズに押し上げるためには必要なことだったのかもしれません。

しかし最後はちょっと悲しい結末で何とも・・

マスターズトーナメント・オーガスタのことは名勝負までここで完結

マスターズの歴史から名勝負編までの紹介です。

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